Douglas DC-6

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 DC-6はDC-4と翼幅は同じであるが機体を与圧化しエンジンを Pratt & Whitney R-2000 "Twin Wasp"からより高出力の Pratt & Whitney R2800"Double Wasp"に換えた機体で軍用のC-118/R5Dと合わせると700機以上も製作された傑作レシプロ輸送機。
DC-6のバリエーションは初期型のDC-6、胴体を延長した貨物型のDC-6A、旅客型のDC-6Bが生産型で運用者が他の機体と差別化を図るためにSuper DC-6BとかDC-6Cとかの名前をつけた機体もあった。
 私が飛行機の写真を撮り始めた頃は既にDC-6はそのほとんどの機体がチャータ用に回され旅客の定期便に使用している航空会社は少なくなっていた。それでも東京オリンピックの開催された1964年には各国の選手団、応援団等のチャータ便が羽田に多数飛来した。
 ここでは海外のDC-6の写真のみとし日本航空で3機のDC-6A(旅客型として使用)、6機のDC-6Bを長く運用し日本航空の基礎を確立したが、写真は
Registration "JAxxxx" AircraftsJapan Air Lines Douglas DC-6に載せた。

DC-6 DC-6 DC-6A
(DC-6C)
DC-6B DC-6B
(DC-6A/B)
DC-6A DC-6A
C/N&L/N
42883/31
43149/158 43817/333 43829/351 44056/353 44072/405 44075/451
Nordair TSA FINLANTIC TSA SAT NW USOA
OY-AOE OO-SDE OH-DCA SE-CCY N90771 N34956 N402US
1963
HANEDA
1961.10.18
HANEDA
1962.12.21
HANEDA
1964.04.05
HANEDA
1966.11.06
YOKOTA
1960.11.21
HANEDA
1962.05.13
HANEDA
Nordairはデンマークの会社で1965までこの名前であったがスウェーデンの Osterman Air CharterとデンマークのAero-Nord.と合併しInternordとなった。
写真のDC-6は古い機体であるが機首のウェザーレーダは取り付けてあった。
Trasair Sweden ABはスウェーデンの航空会社で写真の機体はベルギーのSABENAからのリース機。
DC-6シリーズの生産時期は未だウェザーレーダがオプション装備の時代でこの機体には装備されてないため機首が丸い。
名前の通りFinlandの会社で機体はDC-6A。機首横にはDC-6Cと書いてあるがこれは通常のDC-6Aが貨物から旅客型に簡単に変更できるよう窓部に内側からカバーが出来るようになっていたがこのC型は窓は通常のタイプのままであった。 Trasair Sweden ABはチャータ便で良く飛来していた。 SOUTHERN AIR TRANSPORTはAIR AMERICAと同じくCIAが出資して物資の輸送に使用していた。立川・横田で訓練中の機体を良く見ることができたが機体の塗装はなく全面無と装で後年にはSOUTHERN AIR TRANSPORTの文字も消されてしまった。この頃SATの機体はDC-6の他にB727も見ることができた。 現在も成田に多数の定期便を乗り入れているNorthwestは当時t Northwest Orient Airlinesの名称であった。
写真を撮影した時期もDC-6による路線は少なく多数の便はDC-7Cを使用していた。
United States Overseas AirlinesはWildwood,NJ を本拠地にしてい定期便を運行していた会社であったが1964年に免許を取り消されてしまった。
DC-6B DC-6B DC-6B DC-6B DC-6B DC-6B
(Super DC-6B)
DC-6A
C/N&L/N
44088/418
44089/422 44165/400 44169/437 44252/442 44697/598 44915/650
BAL AIR SWISS AIR THAI KAR AIR SAM TAI BIAS
HB-IBU HB-IBZ HS-TGC OH-KDC I-DIME F-BHEF OO-ABE
1963.05.18
HANEDA
1961.08.14
HANEDA
1961.03.01
HANEDA
1966.10.30
HANEDA
1964.04.05
HANEDA
1962.04.02
HANEDA
1964.10.15
HANEDA
Swissairの子会社として発足しチャータ便で羽田に良く飛来していた。以前はDC-4を使用していたがSwissairが機材をジェット化したため余剰のDC-6Bを譲り受け使用機材の更新をした。 1957年に羽田に乗り入れを始めたSwissairもDC-6Bを使用した。この頃は南廻り便が普通でCV880に機材変更後もSwissairはポーラールート経由は無かったと思う。 タイのフラッグキャリアーはSASから技術指導を受けていて機材も借用していた。したがって塗装もSASのままのヴァイキングシップが書いてある。この機体はSASに返却された後最後にはBALAIRに売却されHB-IBRとなった。 フィンランドの航空会社で1957年に Karhumaeki AWを元に設立された。
Societa Aerea Mediterraneaはアリタリアの出資会社で羽田へはチャータ便で良く飛来した。 Transports Aeriens IntercontinentauxのDC-6BはSuper DC-6B(何処がSuperか不明)と呼称していた。TAIは後にUATと合併しUTAとなった。 Belgian International Air ServicesはCompagnie Maritime Belgeが出資して設立した会社で1973まであった。
写真は東京オリンピック時のチャータ便として飛来したもの。この時は多数のDC-6を見ることができた。
DC-6A DC-6B DC-6B DC-6B DC-6B DC-6B
C/N&L/N
45058/662
45109/786 45197/753 45478/962 45496/992 45550/1032
Cunard Eagle AIRNOUTIC Sterling UAT Cathay Pacific Braathens SAFE CAT
G-APON F-BJKZ OY-BAT F-BIAM VR-HFK LN-SUB B-1006
1961.11.14
HANEDA
1964.10.02
HANEDA
1964.04.05
HANEDA
1962.04.15
HANEDA
1961.10.24
HANEDA
1964.10.19
HANEDA
1961.11.23
HANEDA
イギリスの有名な船会社Cunard Lineが設立した会社。
写真の機体も機首のウェザーレーダは未装備。
1959-1966
フランスのNiceを本拠地に1966年まで活動した会社。
本機も東京オリンピック時の飛来機である。
DENMARKの航空会社で東京オリンピック時OY-BAUも飛来したが写真は同じ年の4月の飛来時のもの。 Union Aeromaritime de Transportsは1963年にTAIと合併し日本にも乗り入れていたUTAとなった。
写真撮影当時は羽田のこの地区(現在のN地区)を整備場と言っていたが写真はかなり自由に撮影できた。
現在も日本各地に乗り入れている香港の航空会社で Swire Group が主出資者で設立した。
写真は緑を主体にした塗装に変更された後であるが以前は白を主体にした塗装であった。
ノルウェイのBraathens shipping companyが主出資者となり設立した会社でSAFEはSouth American & Far East Airtransportの頭文字から取っている。
この機体は左のCXから1962年に購入したもの。
Civil Air Transport(民航空運公司)はCIAにより設立された航空会社であるが羽田に定期便を乗り入れていた。通常はDC-4を使用していたが時々DC-6Bも飛来した。

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